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Designing
New Context
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多種多様なデジタル技術を駆使し、どのように社会をデザインするべきかーー。そんな問いを国内外の有識者との議論を通じて考えていくカンファレンス「NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)TOKYO 2025 Summer」が6月、東京都渋谷区のデジタルガレージ本社で開催された。第一線で活躍する起業家や技術者、哲学者らがテクノロジーと未来のあり方を熱く語り合ったイベントの模様を、連載で振り返る。
テクノロジーの進化が、スタートアップの成長戦略に地殻変動をもたらしている。
AIやブロックチェーンなどの技術を駆使することで、時間や資本の制約を超えて短期間で急拡大できるような、新しい成長モデルが生まれているのだ。
最新技術は、スタートアップを取り巻く環境をどのように変革したのか。NCC TOKYO 2025のセッション「テクノロジーで進化する事業成長のかたち」では、海外での最新の事例も交えながら、その変化について理解を深める議論が展開された。byFounders創業者兼代表パートナーのEric Lagier氏の講演の後、Rice Capital代表パートナーの福山太郎氏、BEENEXT Founder and CEOの佐藤輝英氏がパネルディスカッションに登壇し、デジタルガレージ執行役員CTrOの片山理沙氏が議論を進行した。
<Speakers>
byFounders創業者兼代表パートナー Eric Lagier
Rice Capital代表パートナー 福山太郎
BEENEXT Capital Management Pte. Ltd. Founder and CEO 佐藤輝英
モデレーター:デジタルガレージ執行役員CTrO 片山理沙
(所属・肩書はイベント時点)
デンマーク・コペンハーゲンを拠点とするベンチャーファンド「byFounders」の創業者であるLagier氏は、過去6年間で70以上のテクノロジー分野のスタートアップに投資を行ってきた経験から、北欧の優れた起業家の事例やマインドセットを紹介した。
まず、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、バルト諸国を含む地域を「ニューノルディック」と呼び、総人口3200万人でありながらGDPあたりのユニコーン(10億ドル企業)の密度が世界で最も高い特徴を持つことを指摘した。
Lagier氏はイノベーションに必要なマインドを「牧羊犬」と「狼」になぞらえて説明する。北欧の文化では元々、正しい規則に沿って仕事を進め、上司に報告する「牧羊犬」のような人材が評価され、昇進する傾向がある。対照的に、アメリカ・シリコンバレーでは破壊的な考え方をする「狼」を育てていると指摘する。「彼らは、牧羊犬が気づいて状況を把握する前に、できるだけ多くの成果を得るにはどうすればよいか、と考えているのです。多くの変革的なテクノロジーが成功したのは、既存のものを破壊し、業界を根本から変えたからです。Uberとタクシー、PayPalと銀行、Airbnbとホテルを考えてみてください。イノベーターや創業者が狼のように考え、長年牧羊犬によって管理されてきた業界全体を破壊するのを、私たちは何度も見てきました」
その上で、Lagier氏は「意思決定をする際、時々牧羊犬のように考えるのではなく、狼のように考えることです。そうすれば、外部から誰かが来てあなたのビジネスをすべて奪ってしまう前に、あなた自身が内部からイノベーションを起こすことができます」と語った。
しかし、ニューノルディックの文化では、多くの創業者が十分に大きく考えていない(Think Big!)自分が特別な存在だと思うことや、目立つことが良しとされないため、創業者が大きく考えることを敢えてしないという側面がある。この「大きく考える」という行為は、文化的に挑戦しなければならないマインドセットである。
またスタートアップの成長には「グローバルに考えることと、カテゴリーを定義すること」が重要だと指摘した。ニューノルディックは3200万人という小さな国々で、成功するには「Day1から」グローバルに考える必要がある。この成功は、「大きく考える(Think Big!)」のマインドセットに基づいている。Spotify、Klarna、Zendesk、Unity、Wiseなどの北欧の素晴らしい企業の成功要因の一つは、彼らが単なる機能を構築するのではなく、カテゴリーそのものを定義したことにある。創業者には、この「カテゴリーを定義する」という点について深く考えることが求められる。
Lagier氏は成功例の一つとして、同ファンドが投資したAIソフトウェアエンジニアを提供するスタートアップ「Lovable」を挙げた。2023年10月にローンチしたLovableは、わずか7ヶ月足らずで年間経常収益(ARR)がゼロから7500万ドルに急成長し、ヨーロッパ史上最速の成長を遂げている。Lovableの創業者たちは、「コードを書けない人でも、プロンプトを使ってあらゆる種類のコードを書くことができるようになる」という、まさにカテゴリーを定義するビジョンを持っていた。その採用方針も特徴的で、「通常の“牧羊犬”ではなく、多くの“狼”や元創業者を採用している」ことが急成長を支えているという。
最後にLagier氏は「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」ということわざを紹介。byFoundersとデジタルガレージとのコラボレーションを通じて、北欧と日本の起業家がともに「遠くまで進んでいける」可能性を示した。
続くパネルディスカッションでは、日米のスタートアップに投資するRice Capital代表パートナーの福山太郎氏と、テクノロジー起業家で、グローバルに投資を行うファンドBEENEXT Capital Management Pte. Ltd. 創業者兼CEOの佐藤輝英氏が加わり、国際的なスタートアップや投資の最新事情について意見が交わされた。
議論ではまず、進行役の片山氏が「企業がスケールアップする上で従来のボトルネックは何だったか、そしてAIによってそれがどのように変化しているのか」と投げかけた。
福山氏は「ほとんどの創業者にとってプロダクトマーケットフィット後の最大のボトルネックは採用だったが、AIがまさにこの部分を変えつつある」と現状を説明した。福山氏が15年前にシリコンバレーの起業家育成プログラム「Y Combinator」に参加した際には、3ヶ月のプログラム期間中に収益を上げているスタートアップはほとんどなかったが、現在は3ヶ月の間で平均収益が10万ドルを超えているという。その最大の理由は「これらのスタートアップの25%が“ゼロコード”で、すべてAIによってコードが書かれているから」だといい、AIが最大のボトルネックを解消しつつあると報告した。
Lagier氏は多様性の観点から、AIによるゲームチェンジに言及した。これまで北欧では、女性より男性の方がコードを書く教育を受ける機会が多く、そのため「多くの女性が創業者になる道が閉ざされていた」という。Lagier氏は「AIのおかげで、これは根本的に変わりつつあります。今では、背景や性別に関係なく、AIを使ってコードを書く基礎的な知識にアクセスできるため、創業者になり、会社を立ち上げることができます。過去には、人口の半分がエコシステムで活動していないというリソースの問題がありました。今では、信じられないほど有能な女性たちの流入を目の当たりにしています」と、その変化を明らかにした。
佐藤氏は、AIによって多くの人に機会が開かれた現代は「スタートアップのカンブリア紀」だと表現。「ビジネスを構築するコスト、プロダクトを構築するスピード、そしてグローバルに展開するスピードが前例のないものになっており、これまでとは非常に異なるゲームになっている」と指摘した。
また、AIの登場で投資の動きにも大きな変化が生じているという。福山氏は、今アメリカでのトレンドに「シードストラップ」があると説明。これは、シードラウンドのみで資金を調達し、その後は外部資金に頼らず自走するという手法だが、非常に速く成長できるため、典型的な「シリーズA」や「シリーズB」の資金調達が必要なく、シード資金だけで成長を続けることができる。
以前はベンチャーキャピタリストは創業者たちがやってくるのを待っていればよかったが、今や創業者たちは十分な資金を持っており、資金を必要としない。そして物事が非常に速く進み資金調達は1,2週間で完了するため、「VCは非常に積極的に行動する必要がある」という。福山氏は「良い創業者たちは今やVCよりも交渉力を持っているため、投資家のマインドセットを変える必要がある」として、こうした中で「スタートアップに選ばれる」投資家になるには、創業者との価値観の一致や、長期的な一貫性が必要だと話した。
これに対し、佐藤氏も同意を示した上で、「私たちが投資の意思決定をする際に常に尋ねる非常に重要な質問は、『なぜ(Why)』の部分です。『何を(What)』ではありません」として、創業者の目的への共感と方向性の一致が重要だと話した。佐藤氏はインドでの豊富な投資経験から、「インドでは毎日が問題解決の連続。創業者自身が共感できる問題で、かつ影響を与えるのに十分な規模の問題を特定することが大事です。例えば何百万人もの農民の生活をより豊かにしたり、デリーの冬のひどい大気汚染と戦ったりすることは非常に強力な『Why』の例です」と述べた。
Lagier氏も同意見だとして、「私は、創業者に『なぜ(Why)』と尋ね、私を感動させることができたらすぐに小切手を書きます。それは、私自身にも関わる問題だと実感できるからです。残念ながら、今ではスタートアップを立ち上げるのが非常に簡単になったため、多くの創業者が『なぜ』を見失っています。『できるからやる』では成功する可能性は限られて、強力な「なぜ」を持っている場合、成功する可能性ははるかに高まります」と語った。
日本のスタートアップの可能性について問われると、福山氏は「AIは多くの市場と多くのアイデアの扉を開いたので、世界中どこでも会社を始めるのに最高の機会だと思います」としつつ、「アメリカではB2Bビジネスの場合、上場するには5億ドル以上の収益が必要で、多くのスタートアップにとっては非常に高いハードルです。日本では、より少ない収益でも上場できることが多いという意味では、日本には多くの機会があると思います。だからこそ、私は投資資金の半分を日本のスタートアップに投資しています」と語った。
佐藤氏は「日本は勢いが臨界点に達したときに非常に強い国だと思う。例えば、デジタルトランスフォーメーションは選択肢ではなく、コンセンサスになりました。このコンセンサス駆動型の社会によってもたらされ、それがコンセンサスになると本当に流れに乗ります。デジタルとAIの力、AIトランスフォーメーションもコンセンサスになるでしょう。労働力人口の減少なども、その一因です」と日本の特徴について説明した。
また今後日本で有望な分野として、「IP(知的財産)、特にコンテンツ文化。コンテンツとAIの組み合わせは、1~3年程度の期間で多くの日本の企業やスタートアップが構築できるものだと思います。3~6年ほどのもう少し長い時間軸では、AIとロボティクスの現実世界における融合、つまり『Physical AI』のようなものが考えられます」と予測。デジタルガレージの起業家育成プログラム「Open Network Lab」でも15年前はSaaSやWeb2のマーケットプレイスビジネスでの起業が中心だったのに対し、今ではAIやロボティクス分野へと進化していると紹介した上で、「テクノロジーがどう進化しようとも、こうした起業家コミュニティは残り続ける。だからこそ、私は日本から生まれてくるものに非常に楽観的で、日本に投資しています」と期待を込めた。
Lagier氏は「最大のチャンスはマインドセットの変化にあると思います」として、必要なマインドについて「Day1からグローバルに考えること、大きく考えることを恐れないこと、そして多くの新しいカテゴリーを構築できること」だと総括。「日本から世界に挑戦した起業家として、福山氏には大きな使命がある。自身の実績と影響力を活かして、次世代に勇気とインスピレーションを与えてほしい。」と呼びかけ、日本にはかつてのイノベーション力を取り戻すため、グローバルで成功した起業家のロールモデルが必要だと主張した。
Lagier氏によるマインドセット変革とロールモデルの必要性の指摘を受け、議論は、日本人創業者に求められる具体的なタレントの側面に移行した。片山氏が福山氏を「輝かしい例」として挙げ、創業チームに必要とされるスキルや特性について問いかけた。
福山氏は、AIが代替できない要素としてマインドセットの重要性を強調し、特にアメリカ市場で成功するために、創業者には**「型破り」で、何かに対して強い怒りを持っているかに現れる「強い原動力」(「肩にチップを乗せている」(chip on your shoulder)**)が必要だと説明した。一方、Lagier氏は、日本がグローバルな競争力を得るためには、日本人起業家が海外に出るだけでなく、多文化的な外国人の流入を促進することの重要性を指摘。イノベーションは「点と点をつなぐこと」であるため、グローバルなプロダクトを築くためにはチームもグローバルであるべきだとし、日本の優れたビザプログラムを活用してモロッコ出身の創業者が東京に移住した事例を挙げた。
パネルディスカッションの締めくくりとして、登壇者たちはテクノロジーと未来に対する見通しを共有した。Lagier氏は、テクノロジーの進歩を責任を持って活用すれば、より良い世界を創り出せると確信し、AIが絶対に奪えないものとして、私たちが毎日鼓動させている「心(Heart)」の重要性を強調した。福山氏は、AIのインパクトはインターネット、モバイル、クラウドが組み合わさった時よりもさらに大きなインパクトを持つと述べた。佐藤氏は、AIが経済全体に広がる影響力の大きさを認めつつ、本当に長く続く企業を支援するならば、「倫理(Ethic)」や「信頼(Trust)」といった、法制度の上に位置する基盤がこれまで以上に重要になると総括した。
<Session3>テクノロジーで進化する事業成長のかたち|NCC TOKYO 2025 Summer
<NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)>
デジタルガレージの共同創業者の林郁と伊藤穰一がホストとなり、最先端のインターネット技術やその周辺で生まれるビジネスに関心のある方々を対象に、2005年から開催しているカンファレンス。NCC TOKYO 2025 Summerは27回目の開催となった。
https://ncc.garage.co.jp/2025_tk_summer/