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New Context

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「宇宙」と「ブータン」から考える、持続可能な地球へのシナリオ

多種多様なデジタル技術を駆使し、どのように社会をデザインするべきかーー。そんな問いを国内外の有識者との議論を通じて考えていくカンファレンス「NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)TOKYO 2025 Summer」が6月、東京都渋谷区のデジタルガレージ本社で開催された。第一線で活躍する起業家や技術者、哲学者らがテクノロジーと未来のあり方を熱く語り合ったイベントの模様を、連載で振り返る。

人類を月へと導いた「ムーンショット」の精神から、地球の持続可能性を問い直す「アースショット」へーー。NCC2025の最終セッション「“Moonshot” から “Earthshot”へ」では、この壮大なテーマを深掘りする議論が展開された。

講演したのは宇宙産業に取り組むAurelia Institute創業CEOのAriel Ekblaw氏と、ブータン政府の投資部門Druk Holding & Investments(DHI)CEOのUjjwal Deep Dahal氏。後半のパネルディスカッションではファシリテーターの伊藤穰一氏とともに、「宇宙政策」と「ブータン」との思想の接点や、協調による地球の課題解決への可能性が議論された。


<Speakers>
Aurelia Institute創業CEO Ariel Ekblaw
Druk Holding and Investments Ltd. CEO Ujjwal Deep Dahal

ファシリテーター:株式会社デジタルガレージ共同創業者 取締役 伊藤 穰一

(所属・肩書はイベント時点)


地球のために宇宙空間を開発する「オフワールディング」を

Ekblaw氏は、宇宙ステーションと宇宙居住空間の文脈における宇宙探査技術の未来について講演した。MITで始まった研究を基盤とするAurelia Instituteでは、未来の宇宙居住空間のためのR&D、教育とアウトリーチ、宇宙共有財産(space commons)をいかに適切に管理していくかという宇宙政策に取り組んでいる。

「現在の宇宙産業は、信じられないほどの変曲点にあります」と、Ekblaw氏は話す。国際宇宙ステーション(ISS)が2030年から2031年にかけてシャットダウンされる予定で、代替として民間企業が商業宇宙ステーションを提案している。これにより「民間企業が人類史上初めて、商業企業が安定した低軌道へのアクセスを提供するようになる」といい、ロケット開発の進歩で宇宙へ行くコストが低下した今、より広範な宇宙スタートアップ企業が事業を展開できるようになる環境が整いつつある。

Aurelia Instituteでは、宇宙空間でのロボットによる自律的な自己集合技術「TESSERAE」プロジェクトに取り組んでいる。これは、ロケットで打ち上げられた平たいタイル状のモジュールが、軌道上で自律的に結合し、元のロケットよりもはるかに大きな構造物を形成する技術だ。コストの低下により、今では実際に多くのロケット打ち上げを行う余裕ができ、このようなモジュール型インフラを構築し始めることができる。そのため、大規模な宇宙ステーション、ソーラーアレイ、軌道上の宇宙太陽光発電工場なども建設することができるという。これまで小型のプロトタイプがISSで2度実験されたほか、地上では人間サイズの巨大なモックアップで宇宙居住空間としての実験を行っているという。

また、テクノロジー分野の取り組みに加えて、「スターフリート・アカデミー」に着想を得た「Aurelia Academy」を運営し、若者が宇宙産業でのキャリアを学ぶ場を提供している。これは「次世代のBell Labs」として、革新的な科学と実用的な応用を結びつける場となっている。さらに、このアカデミーを通じてスタートアップ企業をインキュベートし、姉妹組織のVCファンドが出資する仕組みを構築。イノベーションの促進と宇宙へのアクセスコストの低下により、独自の宇宙技術を育成し投資できる環境が整ったと述べた。

Ekblaw氏はこの「TESSERAE」を応用し、ISSの退役後、現在のISSよりさらに大きなモジュールを構築する構想を発表した。その施設は微小重力状態になるため、実験対象物を浮かせることができ、地球では作れないものを作ることが可能となる。宇宙の実験環境は今やバイオテクノロジー製品の生産に不可欠となっており、癌やアルツハイマー病の治療薬開発に役立つ臓器モデルの研究、人工網膜の製造などに利用できるはずだと語った。またTESSERAEの技術は大気圏外に巨大な太陽電池パネルを設置することで宇宙太陽光発電にも応用できる可能性があり、クリーンでグリーンなエネルギー源として研究が進められているという。

最後にEkblaw氏は「オフワールディング(off-worlding)」という概念を提唱した。これは、人間が地球を離れるのではなく、地球の生態系に大きな負担をかける重工業(工場、鉱業、化学製品製造など)を宇宙に移転するという考え方だ。宇宙には水蒸気の大気がなく真空状態で作業するため、化学物質のガス放出や採掘副産物を地球上よりも責任ある方法で処理できるとした上で、「これは数年でできることではなく、おそらく50年か100年間のビジョンですが、地球を回復させ、これからの世代のために庭園のような惑星にするということは、考える価値があります」と訴えた。

小国ブータンから発信する、イノベーション経済戦略

続いて、ブータンの政府系投資会社Druk Holding and Investments Ltd.(以下DHI)のCEOであるUjjwal Deep Dahal氏が登壇した。ブータンはこれまで国際的に「国民総幸福量(Gross National Happiness: GNH)」の高い国、またカーボンネガティブ国として注目されてきたが、Dahal氏は「ブータンは変化している」として、同国の投資戦略やイノベーション戦略について語った。

Dahal氏はまず、ブータンの新しい特別行政区「Gelephu Mindfulness City(ゲレフ・マインドフルネス・シティ)」について紹介した。これは政策や技術面のイノベーションを行うことができる場所で、世界の優れた人材との協働を目指しているという。Dahal氏は「国民総幸福量の哲学や環境保全でリーダーシップを発揮してきたブータンは、倫理的AI・責任あるAIに関する理論をリードすることができる場所」だと提唱した。

政府系投資会社DHIはブータンのGDPの約30%、政府歳入の約40%を占める政府の投資部門で、民間部門の発展を推進しているという。DHIの目標は、ポートフォリオ企業の管理、投資戦略、イノベーション戦略に根ざした「リープフロッグ型経済(飛躍的な発展を遂げる経済)」を開発することであり、DHI自体も10倍の成長を目指している。Dahal氏は、ブータンの経済を飛躍的に発展させるためのDHIの5つの重点投資分野として①エネルギーと資源、②鉱業と鉱物、③高付加価値低量生産のサービス、④インフラストラクチャー、⑤グローバルセキュリティ、を紹介。特にエネルギー分野では、ブータンには36ギガワットの水力発電のポテンシャルがあり、「100%水力発電で電力を供給しているおそらく世界で唯一の国」であるとして、多くをグリーンエネルギーのポートフォリオに投資するという戦略を説明した。

Dahal氏は最後に、「イノベーションを経済の柱として構築する」というブータンの戦略を紹介。マサチューセッツ工科大学(MIT)とSuper Fab Labを設立してプロジェクトを立ち上げたり、シード段階のアイデアを支援する国家基金を設立したりするなど、多くの革新的な政策が進んでいることを明らかにした。「ブータンは小さな国のため、政策とイノベーションに機敏だ」と、Dahal氏。今後ブータンにイノベーションエコノミーを創造する方法として、「ファンド・オブ・ファンズ」の設立を考えているといい、「よりよい製品やサービスを革新し創造するためにどのように協力できるかについて、皆様とさらに議論できることを望んでいます」と呼びかけた。

宇宙開発とブータン、その思想の交差点

パネルディスカッションからはファシリテーターの伊藤穰一氏も加わり、「宇宙」や「地球環境」についての議論が深掘りされた。

伊藤氏からブータンの宇宙政策を問われると、Dahal氏はブータンが宇宙開発にも積極的に取り組んでおり、現在3機目のナノサテライトを設計していることを明らかにした。Ekblaw氏は「ブータンの宇宙プログラムが示唆しているのは、宇宙が非常にアクセスしやすくなったため、これまで宇宙プログラムを持っていなかった国々でも新たな宇宙機関が参加できる素晴らしい機会が数多くあるということです」と讃えた。

伊藤氏は、宇宙やブータンは物理的に「遠い」と感じられがちだが、実際にはアクセスしやすくなってきていることを指摘。これについてEkblaw氏は「宇宙を自社事業に無関係な単なるセクターとして考えず、『領域』として考えてほしい」と応じ、「あらゆるビジネス機能がそこで展開され、ホスピタリティ、エンターテイメント、エネルギー、バイオテクノロジーのような基本的な新しい科学も登場するはずです。コストが非常に低く、アクセスしやすくなっているからこそ非常に活発な『領域』で、新しい会社を立ち上げようと考えている起業家がいるなら、すぐにAIと宇宙の会社を立ち上げることができます」と語った。

Dahal氏は、あらためてブータンの価値観に共鳴する都市「Gelephu Mindfulness City」を建設していることに触れ、「国王陛下によって特別行政区として、100%の行政、立法、司法権が与えられているので、政策や規制において革新的なことができる場所です。起業家にとって、ブータンはイノベーションの拠点であり、世界と関わる準備のできている場所」だと話した。Dahal氏は、Gelephuが企業を誘致するための具体的な戦略として、信頼性が高く、クリーンで腐敗のない法制度の導入を目指していることを強調した。この実現のため、シンガポール法を導入し、アブダビのADGM(アブダビ国際金融センター)の金融規制システムを取り入れている。これは、隣国インドで数千万件(約7,800万件)の商業紛争の未処理案件があることとは対照的に、企業が迅速にビジネスを進められる信頼性の高い法的環境を提供するためである,。

これに対し、Ekblaw氏は「『Mindfulness City』というアイデアは、宇宙ガバナンスの設計を行うのに非常に良い場所になるかもしれない」とコメント。「宇宙には、まだ手つかずの領域が数多く残されています。たとえば月は、1967年の宇宙条約によっていかなる国家や個人も所有できないと定められています。こうした“誰のものでもない領域”を、私たちはどのように管理していくのかを検討しています。ブータンのような開かれた考え方、革新的に考え、異なる考え方をする自由と、私たちが多くのマルチステークホルダー間の調整を必要とする領域の一つを組み合わせるのは、本当に興味深いアイデアだと思います」と、その可能性に期待を込めた。

また、宇宙ガバナンスの議論の中で、伊藤氏から新しい商業宇宙ステーションの準拠法について質問が出ると、Ekblaw氏は軌道上のインフラの法律は、主にその企業の所在地(本拠地)の国の法律、および打ち上げを行った国の法律に関連すると説明した。また、軌道上で企業が損害や責任を生じさせた場合、その責任は最終的にその企業が所属する国に帰属することになると述べた。

伊藤氏は、ブータン国王が2019年からビットコインマイニングを始めて準備金を保有していることや、土地登記やIDなどのデジタルレジストリがすべてイーサリアムベースで構築されていることなどを挙げ、ブータンが「web3フレンドリー」な環境を構築していることを紹介。インドと中国が暗号通貨に対して慎重な姿勢を見せる中、ブータンは「仮想通貨オアシス」としての可能性を秘めていると指摘した。

Dahal氏はMITと協力したSuper Fab Labの活動について、ブータンの山岳地形を活用したドローン試験場としての可能性や、ロボット工学による持続可能な建設の研究に取り組む「Voxelプロジェクト」を紹介。Ekblaw氏も、Voxelプロジェクトは自己集合技術と深く関連しており、災害地帯や極限環境下で迅速に展開可能なシェルターを構築するなど、地上のインフラ構築にも応用できる可能性を指摘した。

日本の宇宙スタートアップへの期待について問われると、Ekblaw氏は有望な企業として月面着陸を目指すiSpaceや、宇宙デブリの除去を目指すアストロスケールの名前を挙げ、「他にも、まだ名前を挙げられない小規模なスタートアップが日本にいくつかあり、本当にエキサイティングなエコシステムです」と述べた。

またEkblaw氏は、ブータンの「自然資本会計」の考え方が、重工業を宇宙へ移転させて地球の自然を回復させるという「オフワールディング」の思想に通じるのではないかと指摘。Dahal氏は自然資本会計の考え方を発展させ、これまで価値評価されてこなかった生物多様性や水源に価値を与え、衛星画像とAIアルゴリズムを用いて炭素資産の調査と測定を行い信頼性を高め、さらにはトークン化によって炭素貯留に貢献した個人に公平に利益を分配することを目指していることを明かした。Ekblaw氏は「オフワールディングの素晴らしいステップになるはずだ」と絶賛した。

最後に伊藤氏は「目標は本当に重要だ」と語り、ブータンの「国民総幸福量」の概念や、「地球から逃げるためでなく、地球を助けるため」の宇宙開発であるという目標こそが大事だと指摘。たとえ同じテクノロジー、AIや宇宙技術について話していたとしても、目標が何かによって本当に意味が変わってくる―つまり、“Moonshot”から“Earthshot”へという視点の転換が重要だと語った。「目標は価値観から生まれる。そして、同じ目標を持っている場合、ドメインを超えて協力することは非常に理にかなっていると感じます。まったく異なる2つの分野でしたが、『アースショット(Earthshot)』という言葉を通じて色んな議論ができたと思います」と締め括った。

<Session4>“Moonshot” から “Earthshot”へ|NCC TOKYO 2025 Summer

<NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)>
デジタルガレージの共同創業者の林郁と伊藤穰一がホストとなり、最先端のインターネット技術やその周辺で生まれるビジネスに関心のある方々を対象に、2005年から開催しているカンファレンス。NCC TOKYO 2025 Summerは27回目の開催となった。
https://ncc.garage.co.jp/2025_tk_summer/

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