Designing
New Context

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AI時代の「常識」はどこへ向かうのか NCC2025が示した未来のヒント

多種多様なデジタル技術を駆使し、どのように社会をデザインするべきかーー。そんな問いを国内外の有識者との議論を通じて考えていくカンファレンス「NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)TOKYO 2025 Summer」が6月、東京都渋谷区のデジタルガレージ本社で開催された。第一線で活躍する起業家や技術者、哲学者らがテクノロジーと未来のあり方を熱く語り合ったイベントの模様を、連載で振り返る。

クロージングセッションでは、デジタルガレージ代表取締役社長の林郁氏、慶應義塾大学 特別特区特任教授の村井純氏、渋谷区長の長谷部健氏が登壇。「グローバルデジタル社会で日本が目指す未来」をさまざまな角度から議論した一日を振り返り、AIが変革した現代をどう捉え、持続可能な未来を目指していくべきかの展望を語った。


<Speakers>
株式会社デジタルガレージ 代表取締役 兼社長執行役員グループCEO 林 郁
慶應義塾大学 特別特区特任教授 村井 純

渋谷区長 長谷部 健

(所属・肩書はイベント時点)


「ただAIが回している世界だと、地球がパンクしてしまう」

デジタルガレージが2005年から開催している「NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)」は、最先端のインターネット技術と、その周辺から生まれる新たなビジネスに関心を持つ人々を対象としたカンファレンスだ。毎回、国内外の第一線で活躍するビジネスリーダーや研究者が集い、最新の技術動向に加え、それらをいかに人や社会のために活用できるかを多角的に議論してきた。

林氏は「2005年に我々がNEW CONTEXT CONFERENCEを始めた時代と、今のAIが現れた時代ではものすごく変わっている」と述べた。その上で、伊藤穰一氏の発言を紹介した。アメリカではプログラマーの大量解雇が始まっている一方で、日本では規制により変化が遅れ、むしろプログラマーが不足しているという。林氏は「必ずしも良いこと、悪いことだけじゃなく光と影があって、もしかしたら日本にとって追い風になる可能性もないわけではない」とコメントした。また「課題先進国」である日本だからこそ「課題に対して何を適用できるかという発想はやはり日本で生まれてくる。AIのプログラミングのスピードがどんどん速くなり、オープンガバメントの可能性も出てきている」と語った。

そして今回のセッションを振り返り、「今日透けて見えてきたのは、環境、日本人的な美学や倫理感が大事だということ。ただ経済を中心に置いてAIが回している世界だと、地球がその前にパンクしてしまうのではないか。今回のNCCで話してきた議論が『日本ができること』の一個のヒントになったと思う」と総括した。

NCCの開催初期から登壇している村井純氏は、AI時代の今もなお、インターネット誕生以来の「分散」という考え方が重要だと強調した。たとえば現在の日本とEU諸国との通信についても、ロシア経由のケーブルが使えなくなっても、中東、インド、アフリカ経由など複数のルートが確保されており、「ビクともしていない」状態にあるという。

「インフラはとにかく色んな逃げ道を作っておくことが大事で、分散していると自動的に動いていく。インターネットが生まれたときから、基盤を集中して作るとコストは高くなるが、分散してみんなでやると安くなるというのが明らかです。『集中』の時期から、分散してみんなで力合わせて少しずつやる仕組みができてくるとものすごくコストは下がってきて、どこかが壊れても他で代行できたり、力を合わせたりできる。それがどんどんやりやすくなっているので私は結構楽観的です」

さらに村井氏は、AIの学習元となる「脳みそ」、すなわち世界人口の大部分が集中するアジア太平洋地域に言及。グラフを示しながら、この地域がAI時代に担う責任の大きさを強調した。

スタートアップ特区として挑戦し続ける街・渋谷

林氏は「テクノロジーで進化する事業成長のかたち」のセッションで、日本に進出を希望するスタートアップが増えていることや、AIの普及によって幅広い人が起業しやすくなっていることが議論された点を取り上げ、「スタートアップ特区」である渋谷区の取り組みについて長谷部健渋谷区長に問いかけた。

長谷部氏はこう語った。「渋谷区は昔からいろんな人が集まって混じり合って認め合い、新しい文化や価値を発信してきた街。2000年を超えてからはIT分野が盛んになり、街のエネルギーになっています。今は特に世界中から人が集まり始めていて、特にスタートアップの分野では、社会の役に立とうとするようなアイデアがたくさんあるので、渋谷区が一緒に実証実験をすることもあります。海外のスタートアップ投資家も含め、なるべく多くの人をこの街に呼び込みたい思いがあるので、区がビザや銀行口座、携帯電話の契約などの手続きを一括して行ったり、渋谷の中にコミュニティを作ったりする取り組みをしています」

さらに「街のファッションや音楽などのカルチャーをもっとテクノロジーと結びつけたい」と述べ、2024年から渋谷区で開催しているアートとテクノロジーの祭典「DIG SHIBUYA」を紹介した。2025年にはデジタルガレージが渋谷の夜空で日本最大級のドローンショーを開催したり、坂本龍一氏のトリビュートライブを実現したりするなどの斬新な企画で「DIG SHIBUYA」を盛り上げたことにも言及した。

村井氏が「新しいチャレンジをすると、今まであったルールやそれをやりたくない人など、止めるブレーキがたくさんある。区だからできること、できないことは何か」と問いかけると、長谷部氏は「もちろん区の単位でできることできないことはあるが、未来についてみんなでビジョンが共有できれば乗り越えられるものも結構ある。行政として、公益としてこうありたい、という姿や、未来がどうなるのかという話はすごく重要かなと思っています」と応じた。

また渋谷区が新しい挑戦に取り組める理由として、 「それは街の土壌なのかなと思います。常に新しいことにチャレンジしてる街で生まれ育ってきていて、それが『いいな』と思って越して来ている人たちもいる。100年前ほとんど何もなかったエリアですから、歴史のある街とは違って寛容なところがあるのでは」と説明した。

DIG SHIBUYAで開催した渋谷上空でのドローンショーでも大胆な規制緩和が必要となったが、長谷部氏は、「行政が手がけるべきなのはルール緩和などの部分であって、“文化をつくる”となると、行政が主導するとどうしてもうまくいかないことが多い。だからこそ、民間のエネルギーや、魅力ある大人たちの力を借りたい」と述べた。

AI時代に問い直す「常識」と「権威」

最後に林氏は、デジタルガレージのプリンシプルでもあるティモシー・リアリーの言葉「Think for Yourself, Question Authority(自分で考えよ、そして常識を疑え)」を引用し、この時代において何を「疑う」べきかを二人に問いかけた。

長谷部氏は、常識の変化を街の変遷に重ねて語った。スケートボードがかつて「不良のやるもの」と言われていたのが今やオリンピック種目になり、ダンスやeスポーツも同様に市民権を得ている。渋谷は過去を大切にしながらも、常識にとらわれず新しいことにチャレンジしていく街なのだと述べた。

村井氏は、Authorityを「過去の人間が決めたもの」と捉え、過去ではなく自分で新しいものを創ることの重要性を強調した。ルールを作る力は過去からの力であり、それに囚われず自分の夢を実現することが大事だという。

林氏は、AIで激変する人生を楽しみながら、良質なAIと共に時間を使っていくことの大切さを語ると、村井氏は、誰もがこの世界に参加できるようになった2025年という時代の意義を強調し、セッションを締めくくった。

<Closing Session>Wrap Up|NCC TOKYO 2025 Summer


設立以来、「新しいコンテクストをつくる」ことを企業理念に掲げ、決済、マーケティング、インキュベーション、web3、AIといった多様な領域で新たな価値の創造に邁進してきたデジタルガレージ。その歩みの中でも、長年にわたって主催しているカンファレンスNEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)は、“社会の発展に貢献する新しいコンテクストを考える”をコンセプトに、最先端のデジタル技術を駆使し、どのようにグローバル社会をデザインすべきかを国内外の有識者とともに探求してきたカンファレンスだ。AI、web3、バイオテクノロジー、デジタルアイデンティティ、倫理や精神性など、多様なテーマを通じて未来の社会像を問い続けている。

こうした議論の積み重ねこそが、デジタルガレージがNCCを通じて描いてきた「新しいコンテクスト」そのものである。これまでの歩みは、NCCアーカイブサイトにて公開している。デジタルガレージが長年にわたり提示してきた「新しいコンテクスト」の軌跡を、ぜひ振り返ってみてほしい。

<NEW CONTEXT CONFERENCE(NCC)>
デジタルガレージの共同創業者の林郁と伊藤穰一がホストとなり、最先端のインターネット技術やその周辺で生まれるビジネスに関心のある方々を対象に、2005年から開催しているカンファレンス。NCC TOKYO 2025 Summerは27回目の開催となった。
https://ncc.garage.co.jp/2025_tk_summer/

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