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気候変動やエネルギー問題など多くの難問に直面する人新世の時代では、ビジネスを通じて社会課題の解決を目指す「ESG」の重要性がますます認識されつつある。近年では大企業だけでなく、駆け出しのスタートアップ企業にもESGに配慮した経営が求められるようになってきた。
今、スタートアップに必要な「ESG経営」とは?これまで議論されてきたCSRやグリーンカンパニー、SDGsとは何が異なるのか?現代の起業家に必須といえる「ESG」の知識について、スタートアップの育成と投資を行うデジタルガレージの「Open Network Lab(オープンネットワークラボ、以下Onlab)」の知見を元にまとめた。
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス、企業統治)を考慮した投資活動や経営、事業活動を指す。類似概念にSDGs(持続可能な開発目標)、CSR(企業の社会的責任)があるが、それぞれが描く世界観や概念の成立は全く異なることをはっきりと明示したい。
まずSDGsとは「達成すべき国際的な指標」だ。ESGは、これを達成する行為と位置付けられる。すなわち二者は、手段と目的という関係性にある。
ではCSRについてはどうだろうか。ESGとは特に混同されやすい概念だが、両者は、ともに環境や社会課題が影響を与えるステークホルダー(消費者や取引先、地域社会、社会環境等)の利益を考慮し経営判断を行う点において、類似概念と言える。ESGはまさに経営課題の核となるが、CSRは経営課題の中心に据えられるテーマではない。
各概念における企業の基本姿勢の違いこそが、三者をよく理解する糸口となる。CSRは、環境や社会に負荷をかける前提でビジネスを行う。負荷に対する「企業の社会的責任」として、芸術や文化的活動における協賛、植林や海岸清掃などの環境保護活動を通じて企業が得た利益の一部を社会に還元する(対価を払う)行為が、CSRに相当すると言い換えることもできる。他方、ESGとは、企業の本業におけるビジネスを通じて環境や社会課題の解決を目指す。その際、同時に自社利益も追求するという点において、CSRとは一線を画す。
スタートアップであればこそ、EXITにむけたスケールアップに集中すべきだと考えるプレイヤーは少なくないだろう。しかしながら、「ESG経営」に舵を切るムーブメントは世界中ですでに始まっている。ここからはデジタルガレージ・オープンネットワークラボ推進部 マネージャーESG担当の堤世良さんの知見をまとめ、3つの側面から「なぜ今、スタートアップにもESG経営が求められているのか」を解説する。
VUCA(ブーカ:変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)時代と言われて久しいが、ここ近年はまさに象徴的な事態が立て続いた。新型コロナウイルスの蔓延や未曾有の大災害、地球「沸騰化」、ロシア・ウクライナ間における戦争、それに伴う原料の異常な高騰、過剰な円安……。挙げればキリがないが、これらはVUCAにおける片鱗に過ぎない。
目下、国内外の企業に目を向ければ、コロナでの従業員の働き方の見直しや、地震や台風などの自然災害下での事業継続体制、さらにはウクライナ情勢によるサプライチェーン管理など、企業価値を業績や売上などの財務指標に限定する判断が難しい状況にあることは疑いがない。よって、ガバナンス体制や地域社会貢献をはじめとする非財務情報の取り組みや開示が注目されるのも当然の流れと言える。
上場を目指すスタートアップが特に留意すべきは、「従業員の働きやすさやガバナンスの体制(ESGにおけるS・Gに相当)」が上場要件に含まれる点である。中長期的なスパンで取り組むべき事柄であることから、本格的な上場準備段階以前から少しずつ取り組む必要があるのだ。
昨今、機関投資家の間では、VCやファンドに対してESGへの対応を求める流れが生まれている。必然のこととして、スタートアップもまた同様にESG対応が求められる。
例えばESGの関連活動例として、2021年、日本国内における複数の金融機関を中心に設立されたコンソーシアム「インパクト志向金融宣言」がある。投融資先の生み出す環境や社会への影響(インパクト)を測定し、そこで及ぼされうる影響と、その課題解決を前提に投融資判断を推進する団体だ。
これらのムーブメントは、より一層加速するだろう。国内外を問わず、「環境や社会に悪影響を及ぼす企業には出資、投資しない」というネガティブスクリーニングから転じた、ポジティブスクリーニング(「ESG対応を行う会社には出資、投資する」)へと投資手法は大きく切り替わっているのだ。
つまりスタートアップにとっては、ESG対応とは、資金調達の幅を広げると換言できる。もしくは、好機を掴むための機会損失を防ぐとも言えるだろう。
キャリア選択における「かっこいい」の定義がアップデートされたことはご存じだろうか。学校でSDGsの17ゴールを学ぶZ世代にとって、社会や環境に良い影響をもたらす事業こそが「かっこいい仕事」と捉えられている。
「かっこいい」という定性的な感覚に顔をしかめる方もおられるだろうが、世代を画す彼ら彼女らの入社後のエンゲージメントやモチベーションに関わる要素として重要な要素であることを念頭に置いておいても間違いはないだろう。現に、優秀な学生がESGに対応する企業を意識的に選び、入社する流れは既に生まれている。
こうした世界的な潮流から、ESGの観点を事業の中心に据えた「ESGスタートアップ」が今、各国に数多く登場している。最後に、3つの切り口からESGスタートアップを牽引するプレイヤーの一部を紹介しよう。
① サーキュラーエコノミー(循環型経済)
② Fintech
③ MaaS(次世代型モビリティサービス)
サーキュラーエコノミーとは、製品の製造や使用、廃棄過程による環境負荷のデータを収集・分析し、自然界への流出を防ぐための回収ツールを提供したり、汚染を最小限にするためのリサイクルソリューションを提供したりする分野のことだ。
リサイクルやアップサイクルのほか、微生物や植物が持つ化学物質の分解・蓄積能力を利用して廃棄物を浄化する「バイオレメディエーション」、環境や社会への悪影響を減らす経済活動を目指す「ネガティブインパクト削減」などのサブカテゴリーがある。
販売商品の製造工程や物流、配送工程で発生するCO2を算出し、排出量に応じた認証カーボンクレジット購入を促す「カーボン・オフセット」ツールを提供。EcoCartを導入したサイトではカートに商品を入れると、商品に応じたCO2排出量を相殺するために必要な額面が自動的に提示される。カーボンオフセットを目的とする寄付に応じるか否かは消費者に委ねられるが、支払いを拒否した場合にはアラートが表示される。
本サービスが提供する排出量の可視化機能によって利用者の約25%が追加費用を支払い、カーボン・オフセットを実施したとの見解があるほか、環境意識の高いEC利用者に対するブランディング効果が期待される。再購買率は15%、コンバージョン率は14%アップすると発表された。
https://ecocart.io/
金融業界ではESG関連の金融商品の取引を促進したり、経済格差の解決策となる金融商品・サービスを提供したりする動きも活発化している。昨今では機関投資家(金融機関や保険会社など)が予算を組み、積極的にESG領域に取り組む姿勢が見られる。
今後は企業の開示要件の強化や個人の行動変容の高まりに連動して、企業や個人のサスティナビリティーを計測するソリューションを提供する領域も広がることが期待され、それらのデータを活用した金融商品の発展も見込まれている。
“Greener Online Neo Bank”の草分け的存在と言える、オランダ発のチャレンジャーバンク。Bunqが発行するクレジットカードを利用した場合、100ユーロ毎にマングローブ1本の植林が実施される。
同様に環境に良いサービス、製品(公共交通機関等)の利用毎に2%のキャッシュバックを行う。同社が持つデータを活用し、決済項目で商品やサービスを特定しカーボンフットプリントを算定可能なことから、ユーザーの決済行動によるCO2の排出をオフセットも可能とする。
https://www.bunq.com/
MaaSとは、環境負荷が少ない電動自動車(EV)、パーソナルモビリティ、スマートモビリティの開発・製造を行う分野のことだ。モビリティ自体の開発の他にも、CO2を排出しない代替燃料やエネルギー消費を削減するソフトウェアの開発、さらには旅行先の地域文化や環境保全を考慮した持続可能な観光(コンシャストラベル)など包括的なサービスを指す。
アメリカ・カリフォルニア州ではMaaSサービスを提供する企業に対してエコフレンドリーな車両の使用を義務付ける法律が制定されている。日本国内のインバウンド観光では近年、オーバーツーリズムによる環境・文化・資源の持続可能性への影響が重要課題に挙げられ、CO2排出量の削減や地球温暖化防止、生物多様性の保全、地域社会の発展、マイノリティへの配慮を意識したツアーが企画されている。超高齢化社会の進む日本では、年配者や身障者を対象にしたMaaSサービスの提供が生活の一助になることも大きく期待される。
鎌倉、沖縄などを中心に、家庭用コンセントで充電可能な3人乗り電動トゥクトゥクのレンタカー事業を行う。行政と連携し、移動車に搭載されたIoTデバイスやデジタルサイネージを用いたPoCにも取り組む。Onlab卒業生。
https://www.emobi.co.jp/
昨今、ESG重視型のファンドやアクセラレータープログラムを筆頭に、スタートアップのESG経営に対する意識改革が進んでいる。一方で、「ESGへの関心はあるがすべき(もしくは、するべきではない)かわからない」「当面のプロダクト開発との優先順位付けができない」など、プレイヤーの悩みは尽きない。
Onlabでは、ESG経営を進めづらいスタートアップ特有の実態を理解した上で、各位の理解度や現状に応じた、ESGに関する取り組みを支援。ミッション、ビジョン、バリューの策定支援やマテリアリティ特定、ガバナンス体制の意識向上を目的とした、投資先支援や「ESG経営講座」を開いている。
ESG事業に関する事業相談や出資に関する質問や相談も随時受け付けている。まず何をすべきかわからない、または支援を受けたいスタートアップ関係者がいたら、気軽に相談してほしいという。
Onlabは「社会・環境が大きく変化している今、事業面だけの成長促進ではなく、支援先スタートアップが持続可能な社会に会社組織として貢献していくことが重要な役割だと考えています」と宣言しており、これからも社会課題をビジネスで解決していくスタートアップを増やす支援を拡充していく考えだ。