Designing
New Context
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気候変動問題が深刻化する中、この問題を革新的な技術とビジネスの力で解決しようとするスタートアップが世界各地で誕生している。気候変動問題の解決には、どんなアプローチがあるのか?そして、社会貢献とビジネスを掛け合わせた新規事業の生み出し方のヒントは?
デジタルガレージ・Open Network LabでスタートアップのESG経営支援を行う堤世良さんと石川莉晏さんに、気候変動問題の背景や関連スタートアップの最新事情を聞いた。
株式会社デジタルガレージ Open Network Lab マネージャー
堤 世良
三井物産でアメリカや東南アジアの不動産開発、森林・植林関連事業等の事業開発に従事。スペイン/IE Business Schoolでサステナビリティやインパクト投資領域を中心に、MBAを取得し、2021年よりデジタルガレージにて、ESG・サステナビリティの新規事業の創出と、ESGの観点におけるスタートアップの支援等を行う。CFA Institute Certificate in ESG Investing保有。
株式会社デジタルガレージ Open Network Lab
石川 莉晏
Parsons Design and Technology学科を卒業後、デジタルガレージにて、xR分野の研究開発、web3分野のPdMに従事。2021年よりオープンネットワークラボにてESG・サステナビリティの観点におけるスタートアップの支援等を行う。
「気候変動問題」とは、気温や気象の変化が引き起こす干ばつや洪水等を指し、私たちの生活を脅かす問題だ。特に人間活動が生み出す温室効果ガスが、地球温暖化問題を深刻にしている。
数十年かけて起こる変化である気候変動の深刻さは日々の生活では実感しにくいが、これを実感できる概念に「プラネタリーバウンダリー」があると堤氏は話す。プラネタリーバウンダリーは地球環境に関する問題を9項目に分け、それぞれに超えてはいけない限界値を設定している。項目ごとにどれくらい限界値に近づいているのかをグラフで可視化しているため、「地球の限界」がどこまで迫っているか直感的に理解できる。
気候変動問題解決にむけた意識が世界全体に芽生え始めた一つの転機ともいえるのが、1997年に採択された京都議定書だ。対象は先進国に限定されていたが、温室効果ガス削減目標を定めた初の取り組みだった。2015年に採択されたパリ協定では、2020年以降の温室効果ガス削減に関する世界共通の長期目標が掲げられた。こうした世界的な取決めを背景に、気候変動問題は「世界全体で解決に尽力するべき問題」として徐々に注目を集めてきた。
気候変動問題へのアプローチには、国や企業が解決に向けた活動に投資を行う方法、生活者一人ひとりが日々積み重ねていく生活習慣の改善などがあるが、課題が認識されるにつれアクターや方法も多様化していった。2006から2011年には、再生可能エネルギーが世界で注目を集めた「Climate Tech 1.0」と言われる時代が到来。パリ協定締結後からは「Climate Tech 2.0」と言われる時代が始まった。
この動きの中で2010年ごろから活躍するようになったのが、革新的な技術を用いて気候変動問題解決を目指すスタートアップだ。Climate Techを活用したスタートアップの存在は、パリ協定締結後の多角的なアプローチを可能にする重要な要素の一つとなっている。
現在の気候変動問題解決へのアプローチは、大きく3つの分類が可能であると堤氏と石川氏は語る。まず「今ある資源を大切に使う」方法。次に「気候変動の原因物質を出さないようにする」方法。そして3つ目が「排出されてしまった気候変動の原因物質を回収する」方法だ。現在、排出された温室効果ガスを回収する技術の開発が進んでいる。両氏は、この3つのアプローチ分野ごとに気候変動問題解決へ挑むスタートアップを挙げてくれた。
今ある資源を大切に使うことは、一人ひとりの生活の中でも取り組みやすい身近な方法だ。具体的な方法として、資源をリサイクルすることや、不用品に付加価値を付けて新しい製品にするアップサイクル、電気や燃料といったエネルギーを節約することなどがある。様々な分野で資源の有効活用と節約が進めば、天然資源の利用を抑え、環境負荷の低い社会を実現することが可能になるだろう。
関連スタートアップとして、ソーラー発電で駆動するスマートコンポストを製造するkomhamがある。生ごみを入れると独自開発した微生物群「コムハム」が最短1日で最大98%まで分解し、高速で堆肥化することができるという。生ごみの投入量や分解状況のデータはクラウドにアップされ、遠隔で確認することもできる。スマートコンポストによる生ごみ処理は大気中に二酸化炭素を発生させない上、生ごみを堆肥という新たな資源に変え、自然界の循環を育むことにつながる。
温室効果ガス削減は、気候変動問題解決に直結する重要な課題だ。2021年10月に環境庁から発表された地球温暖化対策計画によると「1850~1900年平均と比較した今世紀末(2081~2100年)における世界平均地上気温の変化は、排出を抑制する追加的努力のないシナリオでは2℃を上回って上昇する可能性」が高いとされており、地球の歴史の中でも近年は急速に温暖化が進んでいることが分かる。こうした中、電気自動車や再生可能エネルギーなど、二酸化炭素を発生させる化石燃料の使用を抑える技術やサービスの開発が急速に進んでいる。
Luupは電動キックボードと電動アシスト自転車のシェアリングサービス「LUUP」を展開。街中の新たな移動の選択肢として、設置されたポート間を電動マイクロモビリティで移動するサービスを提供している。LUUPの目的は「ユーザーに新たな短距離交通手段を提供する」ことだが、その手段に電動マイクロモビリティを提供することで温室効果ガスの低減に貢献している。まさにClimate Techを利用したビジネスを展開するスタートアップの一例だ。
現在の水準で人間活動を行い続ける場合、温室効果ガスの排出は避けて通れない道だ。排出された温室効果ガスを「回収」できる技術がさらに発展すれば、相容れないと考えられていた人間活動の維持と気候変動問題解決がどちらも果たされる未来が待っているかもしれない。
CarbonCure Technologiesが提供するのは、コンクリートにCO²を吸収させる技術「CarbonCure」だ。現状、コンクリートの生産過程では、多くのCO²が排出されている。CarbonCureはこのCO²をリサイクルしてコンクリートに練りこむことで、コンクリートをより頑丈にしながらCO²を削減できる技術を開発した。この技術の特徴は「コンクリートの生産過程のCO²排出量を減らす」のではなく、「コンクリート生産過程に出てしまったCO²を回収する」という新しい視点だ。
気候変動問題解決へ挑むスタートアップは今も増え続けている。しかし、「排出した気候変動の原因物質を回収する」分野に関しては世界でも試行錯誤の最中だ。現在の技術では、排出量に比べ回収できる量は微々たるものである。また、回収に必要な技術を開発・運用するために燃料や資源が必要になることから、この分野の存在意義が問われている。
一方、他の2つの分野だけでは現状維持が限界であり、状況の改善へ向かうには排出した気候変動の原因物質の回収が必須である。こうした問題に直面し、未だに明確な打開案が出ていないのが現実だ。今後この分野に進展があれば、気候変動問題は新たな段階に向かっていくだろう。
気候変動をはじめとする社会問題に挑むスタートアップが活躍する背景には、行政やファンドなど様々な組織の支援がある。一般的なスタートアップへの投資は収益性を重視した投資が多いが、近年は投資の分野でトレンドが変化しつつあり、社会貢献を目的としたスタートアップが及ぼすインパクトを重視した投資が注目を集めていると堤氏は語る。
石川氏・堤氏が所属するOpen Network Labも、スタートアップに対する投資や支援を行っている組織の一例だ。Open Network Labはグローバルに活躍するスタートアップの育成のため2010年から始動しているアクセラレータープログラムである。アクセラレーターとして長い歴史を持ちながらも、ESG経営や気候変動問題へのアプローチなど最新のトレンドを取り入れ続けている。実際にプログラムに参加したスタートアップにはESG経営のワークショップを行い、ESG企業としてさらに事業を高めていきたいというスタートアップには個別でのワークショップを実施している。
Open Network LabのESGバリューアップ支援の特徴は、事業として利益を出しながら社会貢献ができる経営を提案することだ。今の事業やバリューを崩すことなく、社会問題解決にアプローチ出来る事業を共に考えていく。また、Open Network Labが参画している投資ファンド「Open Network Lab・ESG1号投資事業有限責任組合」ではスタートアップへの投資を行っており「コンシューマーが本当に必要としていることは何か」を重視した投資を行っている。そのため、社会問題にアプローチできる企業への投資をしたいという考えは、創設時の2010年から変わることなく持ち続けている考え方であるという。
気候変動問題をはじめ、社会問題解決に向けて世界が団結して取り組んでいる現在、石川氏は「どんな企業も事業を問わずに社会問題解決にアプローチできる」と語る。例えばガバナンスの体制構築や健全に組織を運営することも、人々の働きがいや経済成長を担う、社会問題解決へのアプローチの一つだ。
また、こうしたアプローチが新たな事業機会に繋がる可能性を堤氏は指摘する。社会問題を解決に導かなければ、どれだけ魅力的な事業を持っていても、企業を運営するための前提にある環境整備や人材確保さえ成り立たなくなる未来が訪れるかもしれない。こうした危機感は世界中で抱かれており、社会問題解決へのアプローチも企業の魅力として捉えられる。それが新たな事業機会を生むのだ。
とはいえ、今ある事業を無理やり社会問題解決にアプローチするものに作り変えようとするのは得策ではない。石川氏は「自分たちの事業の根本にはどういった目的があるのか」をまず振り返る必要があると語る。その目的を変えずに何ができるのかを模索することで、事業内容やその価値を大きくずらすことなく、社会問題解決にアプローチできる事業が完成するのだ。地球規模課題に果敢に挑むスタートアップの事例も参考に、自社だからこそできるESGへのアプローチをぜひ考えてみてほしい。
Open Network Labではアクセラレータープログラムを実施しているほか、スタートアップからの事業戦略や資金調達の相談、ビジネスアイデアの壁打ちもオンライン事業相談会で受け付けている。