Designing
New Context

Designing
New Context

キャッシュレスは「支払い」から「顧客育成」へ ゲームセンターで進むマーケ活用

これまで、顧客データの取得が困難とされてきた無人精算機。しかし今、キャッシュレス決済の導入と連動することで、顧客データを取得・分析し、マーケティングへ活用する動きが加速している。アミューズメント業界ではキャッシュレス決済を導入することで、「支払い」だけにとどまらず、来店促進や顧客との関係構築を目的とした実験的な取り組みが始まった。静岡県静岡市のゲームセンターでの実践を取材し、その最前線を紹介する。


<Speakers>
株式会社マルハン
東日本カンパニー L&A営業部 マシンマーチャンダイザー 雲川 翔馬

株式会社デジタルガレージ
フィナンシャルマーケティング本部 ペイメントマーケティング部 シニアプロデューサー 大前 慶太郎

(所属・肩書は公開時点)


アミューズメント業界でも始まったキャッシュレス化

静岡駅から車で約20分。バイパス沿いの複合施設2階にある「スーパーウェーブ静岡店」に入ると、目を引くのが「来店スタンプGET!スマホでここをタッチ!」という店内パネルだ。試しにスマホをかざしてみるとLINEが起動し、来店スタンプが付与された。
店内にはクレーンゲームやメダルゲーム、スロットなど見慣れたゲーム機が並ぶが、筐体に近付いてみるとそこにはQRコードやNFCタグが貼られていることに気付く。スマホで読み込むとキャッシュレス決済の画面が開き、支払うとすぐにゲームが動き出した。かつて慣れ親しんだゲームも、ここではキャッシュレスという新しい体験として立ち現れてくる。
筐体に直接お金を入れて支払う、こうしたゲーム機や無人精算機のキャッシュレス化は、どの程度まで進んでいるのだろうか。デジタルガレージの大前氏によると、他の業界と比較してアミューズメント業界は遅れを取っているという。

「例えば自動販売機では、飲料メーカー各社がキャッシュレス化に積極的に取り組んでおり、コインパーキングでも無人精算機のキャッシュレス対応が少しずつ進んでいます。一方で、アミューズメント業界は業界ならではの慣習も多く、例えばクレーンゲームに投入された100円硬貨をスタッフが手作業で回収し、売上を管理するといった運用がいまだに主流です。こうした業界特有の商慣習に加え、筐体ごとに複数のIoT端末を設置する必要があるなど、初期導入コストの高さもネックとなり、キャッシュレス化がなかなか進まないのが現状です」

その中で、業界に先駆けてキャッシュレス化に踏み切ったのが、スーパーウェーブ静岡店だ。同店は2021年の開店当初から、デジタルガレージの提供するQRコード決済ソリューション「Cloud Pay(クラウドペイ)」を導入。2024年からはNFCタグを活用したマーケティングソリューション「Cloud Pay Marketing(クラウドペイマーケティング)」の利用も開始した。Cloud PayではPayPayやd払いなどのQR決済に対応し、NFCタグではGoogle PayやApple Payなどのタッチ決済、クレジットカードにも対応可能だ。

近距離無線通信技術(NFC: Near Field Communication)に対応した非接触型のICタグで、スマートフォンをかざすだけで情報を読み取ることができます。カメラを起動して焦点を合わせて読み取る操作を必要とするQRコードに比べ、NFCタグでは、「かざすだけ」という、より簡易な動作だけでサービス利用が可能になります。https://www.garage.co.jp/pr/release/20210827/

同店を運営するマルハンの雲川氏は、系列店で売上や在庫を管理するPOSシステムの導入に関わった経験から、業務効率化やデータ分析の重要性を認識していたという。「この店舗を立ち上げる際もPOSは導入予定でしたが、ほぼ同等のコストでキャッシュレス決済の機能も同時に実装できると聞き、迷わず採用を決めました」と、雲川氏。結果として、キャッシュレス決済にとどまらない活用に大きな価値を見出しているという。

NFCタグ×LINEで来店促進 客単価の向上も実感

キャッシュレスは単なる決済手段を超え、「来店データ」というマーケティング資産を生み出すツールへと進化している。その象徴が、同店で導入された「Cloud Pay Marketing」だ。まずは同店の活用法を紹介しながら、その仕組みを見てみたい。

Cloud Pay Marketingでは、NFCタグを利用したさまざまなマーケティング施策が可能だ。例えば冒頭で述べた「来店ポイントを獲得できるパネル」では、客が看板にスマホをかざすとLINEの画面に遷移し、友だち登録後にデジタルスタンプを付与することができる。

友だち登録をした顧客には公式LINEから来店を促進するクーポンを送ることができるため、同店では週に一度のペースでお得にゲームができるクーポンを発行している。LINEでは個人情報は取得しないものの、個人に割り当てられた識別子からクーポンの利用状況や来店頻度を把握し、ターゲット別に来店促進のアプローチをすることも可能だ。雲川氏は導入後の効果をこう語る。

導入してから、明らかにLINEの友だち登録数とクーポンの利用数が増えました。LINEの友だち登録数は2024年2月の試験導入前は7000人に満たなかったのですが、2025年5月時点では1万3000人近くに上っています。クーポンは以前は週に200枚程度の発行だったのが、NFCタグ導入後の現在は多いときで400回ほど利用されていて、およそ2倍になりました。今までクーポン画面をスタッフに見せるのが面倒だと感じていたお客様にも使ってもらえるようになったのではないかと思っており、本当に革新的だったと思います」

キャッシュレス決済の導入とNFCタグを活用した来客促進は、客単価の向上にもつながっているという。「NFCタグを使うことによって『プラスで遊べるクーポンがある』という状態を作れたので、客単価が上がったと感じています。コア層のお客様はクーポンが貯まるまでプレイしてくれたり、ライト層の方も来店ポイントが貯まったときに訪れて遊んでくれたりしています」

現在の店全体でのキャッシュレス決済率は10%ほどだが、特にメダル購入での利用率が高く、約30%がキャッシュレス決済となっているという。雲川氏によるとアミューズメント業界全体ではメダルゲームの市場は成長していないものの、同店では昨年比でメダル購入が約1.2倍伸びており、業界の動向に反して売上が伸びている状態を作れているといえそうだ。

導入時こそ客への利用方法の説明に苦労したものの、使い方の動画を自作して店内で再生するなど工夫をこらした。結果的にこれまで手作業の多かったスタッフの業務内容を効率化することができ、負担軽減にもつながったという。「クーポン利用の際、元々はスタッフがお客様のクーポン画面を確認し、クレーンゲームの中を開け、ボタンを押して一回無料で遊べるようにする……というようにすべて手作業で対応していました。クーポンが週に200枚使われるならスタッフが200回この作業をすることになりますから、これらをすべてデジタル化したことで、そうした負担が大きく軽減されました」

遊び方をデザインする、新時代のマーケティング

Cloud Pay Marketingによるデータ活用は、今なお進化の途上にある。大前氏は、今後は新規顧客やライト層へのアプローチ強化を視野に入れてさまざまな施策を仕掛けていきたいと話す。
「コア層は自然と来店して遊んでくれますが、月に一度来るかどうかというお客様を取り込むことで、売上は加速度的に伸びるはずです。Cloud Pay Marketingでは、LINE経由で個別に識別されたユーザーのクーポン使用履歴や来店状況を把握できるので、『先月は来てくれたけど今月は来ていない』というような方にピンポイントで再来店を促す施策が可能です。こうしたリテンション施策を継続することで、ユーザーを固定客へと育成し、結果として店舗の売上維持・成長にもつながっていくと考えています。今後はこの仕組みをさらに強化し、デジタルガレージとしてますます価値提供していきたいと考えています」

雲川氏が構想するのは、店内での「遊び方」のデザインだ。来店者が特定のゲームに偏る傾向がある中で、雲川氏はデータに基づいた施策によって新しい遊び方へ誘導する可能性を模索している。

「ゲームセンターに来る方は例えば、メダルゲームが好きな人はメダルしかやらない、というように遊ぶ機種が決まっている場合が多いんです。でもクーポンなどの施策を使って『今日はクレーンゲームをやってみようかな』とお客様に思ってもらえるような導線を作れたら、とてもおもしろいですよね。Cloud Pay Marketingではサブスクリプション型や、1日券、回数券の仕組みもできるので、料金体系としても新しい試みに挑戦してみたいと思っています。
都心のゲームセンターはふらっと立ち寄るようなお客様も多いと思いますが、ロードサイドの場合はそれがなく、店舗自体が目的地にならないといけません。リピート率がとても重要なので、これからもファンになってもらえるような施策を行っていきたいです」

過去からの商慣習が根強い業界において、キャッシュレス決済とデータ活用を通じて顧客との関係性を再構築する取り組みは、他産業への示唆にも富む。「支払い」から、「顧客育成」へ。決済はまた、新たなコンテクストへと歩みを進めている。

左から、雲川氏(マルハン)、大前氏(デジタルガレージ)

※ QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標です。

関連記事:
初期投資がいらない「端末レス決済」という選択(2024年5月3日)
【キャッシュレス最前線#01】屋外でのキャッシュレス決済、どう導入する?東京メトロのスケートボードパークの事例から学ぶ (2024年9月30日)
【キャッシュレス最前線#02】家電の訪問修理サービスに「端末レス決済」導入で、コスト削減と顧客満足度向上を同時に実現 日立グローバルライフソリューションズ(2024年10月29日)
【キャッシュレス最前線#03】帝京大学ラグビー部はフィールド外でも合理的! – 「100%キャッシュレス化で部活動の未来を変える」(2024年11月5日)

Cloud Pay Marketing

NFCタグを設置することで、キャッシュレス決済だけでなく、マーケティング施策も展開できるサービス。LINEアカウントと連動し、ユーザーごとにクーポンやデジタルスタンプの付与などが可能になる。

Share

Follow Our Information