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New Context

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【前編】ブランドとは「信頼による差別化」である──AI時代に求められる発想の転換

自社商品やサービスの「選ばれる理由」をつくることは、かつてないほど難しくなっている。広告を大量に投下しても、思うように売上が増えない。優れた機能を実装しても、数カ月で他社に追いつかれる。情報が溢れ、競争が激化しているいま、どうすれば強いブランドをつくれるのか。

世界的クリエイティブ・ディレクターであり、書籍『ブランド・シフト:「信頼」で選ばれる時代の成長戦略』の著者でもあるレイ・イナモト氏は、ブランドを「信頼による差別化」とあらためて定義した。その背景には、インターネット、スマートフォン、そしてAIという、情報伝達の技術そのものの変化がある。

選ばれる企業であり続けるために、企業はいま何をすべきなのか。イナモト氏に、ブランド構築のあり方について聞いた。


<Speaker>
I&CO 創業パートナー/クリエイティブ・ディレクター レイ・イナモト

Creativity誌「世界の最も影響のある50人」、Forbes誌「世界広告業界で最もクリエイティブな25人」に選出。ニューヨークを起点に活躍するクリエイティブ・ディレクター。米大手デジタルエージェンシーR/GAを経て、欧米大手デジタルエージェンシーAKQAに所属し、NIKE、Audi、XBOX、Googleなど、世界を代表するブランドのデジタル戦略とクリエイティブを数多く手がける。2013年と2019年には日本人として初めて、カンヌ国際広告祭モバイル部門、デジタルクラフトの複数部門の審査委員長に抜擢。2016年にI&COを立ち上げ、2019年7月に東京オフィス、2024年4月にシンガポールオフィスを開設。2026年5月に、新著『ブランド・シフト ―「信頼」で選ばれる時代の成長戦略―』(東洋経済新報社)を刊行。

(所属・肩書は公開時点)


情報伝達技術の進化により難しくなった「ファネル型」のマーケティング

ブランドの歴史をさかのぼると、キリスト教をはじめとする宗教は、人類の歴史において最も成功した「ブランド」の一例と言える。数千年にわたり、聖書などの「文字」から、絵画、そして近代の映像や音楽へと、その時々の情報伝達の技術を進化させながら、一貫したストーリーと信頼を人々に届け、繋がりを維持し続けてきた。15世紀、活字印刷機が発明され、特権階級に閉じていた情報が一般に普及した。それによって、特定のストーリーが時空を越えて届けられるようになった。

その後、17世紀〜20世紀初頭にかけて、新聞、ラジオ、電話が登場。情報が、離れた場所により速く伝達されるようになった。さらに20世紀半ばにはテレビが普及。映像により、洗練されたイメージやストーリーをハッキリと伝えられるようになった。

そして20世紀末ごろから始まったインターネットの普及は、これまで一方通行だった情報伝達の流れそのものを変えたとイナモト氏は語る。

「2010年代からスマホをはじめとするモバイルデバイスが普及しました。その結果、以前は企業か、特別なWeb技術をもつ人にしかできなかった発信が、やる気さえあれば誰でもできるようになりました。一般の個人であっても、やり方次第で100万人のフォロワーを抱えるようなメディアになれる時代です」

情報伝達のあり方が変われば、設計すべきコミュニケーションのフローも変わる。
現代マーケティングでは長らく「認知→関心→検討→購入」と、顧客を段階的に絞り込む「ファネル型」のモデルが用いられてきた。漏斗(ロート)のかたちで可視化されたわかりやすい枠組みである。

(I&CO提供:従来のファネル型)

いまも多くの企業で活用されるファネル型のモデルだが、このモデルはいま、限界を迎えているとイナモト氏は語る。

「理由の一つは、いまや顧客の購買行動が直線的ではなくなったことです。たまたま流れてきた情報で商品のことを知り、店舗には行かずオンラインで買います。非連続で予測不能な行動は、ファネルのような直線的な流れでは説明できません。

もう一つは、顧客側の発信力と影響力が圧倒的に強くなったことです。ブランドが用意したストーリーに従うのではなく、顧客自身が調べ、選び、レビューすることが当たり前になり、他者の感想が検索結果やSNSに溢れるようになりました。

ブランドが意図しないところで接点が生まれ『ブランドがどう伝えるか』よりも、『消費者の間でどう語られるか』が、ブランドの成長を左右するようになっています」

さらに大きな問題として、ファネル型があまりにも「売る」ことに偏りすぎているとイナモト氏は分析する。

「初期のフェーズで急成長に成功しても、数年以内に失速するパターンが多いです。模倣の速さ、市場の飽き、広告費の高騰などさまざまな要因で顧客が離れるなか、『なぜこのブランドを選び続けるのか?』という問いに答えきれないと、成長し続けられません」

「信頼」により差別化を図る、「フライホイール型」のブランド構築

イナモト氏が、ファネル型の代わりに置くのが、4つの要素が回り続ける循環の構造「フライホイール型」だ。

(I&CO提供:フライホイール型のブランド構築)

会社がプロダクトを生み出し、プロダクトが顧客を魅了し、顧客がブランドを信頼し、ブランドが会社を差別化する。一連の連鎖反応をシンプルに表しているのが、フライホイール型ブランド構築モデルの特徴である。

フライホイールという枠組みの原形となる考え方は、Amazonの創業者ジェフ・ベゾス氏が1990年代後半に提唱した。以来、会社やプロダクトをスケールさせる考え方として、スタートアップを中心に広まったのだ。

イナモト氏は、この概念をブランド設計に応用した。その結果、ブランドは一方通行の「伝えるべきもの」から、顧客も巻き込んだ「育てるもの」として捉え直すことが可能になったのだ。

「USP」から「POV」へ──機能の優位は3カ月しかもたない

フライホイール型へと転換し、信頼による差別化を実現させるために、企業は何をすればよいのか。

イナモト氏が挙げる1つ目のポイントが、USP(Unique Selling Proposition=独自の機能)からPOV(Point of View=独自の視点)へのシフトである。

USPとは、他社にはない製品やサービスの独自性のことを指し、消費者へのアピールポイントとして長く重視されてきた。広告が全盛だった時代、USPをいかに鮮やかに表現するかがブランド構築の中心的なテーマだった。しかし現代では、機能の独自性だけで地位を守ることが難しくなっている。

「機能面での優位性(USP)は、今やどれほどユニークであっても、すぐに真似されてしまいます。特に昨今の激しい開発競争や価格競争の中では、機能による差別化はせいぜい3カ月程度しか持ちません」

具体例としてイナモト氏は、開発競争が激化する大規模言語モデル(LLM)の市場を例に挙げた。2022年秋にOpenAIがChatGPTを公開して以降、GoogleやAnthropicなど各社がLLMのチャットツールを相次いで開発した。計算能力や応答速度、画像生成の品質をめぐる発表が毎週のように続き、話題の中心は数カ月単位で移り変わった。

そのような苛烈な開発競争のなかで、ベンチャーキャピタルのMenlo Venturesが2025年12月に発表した調査「2025: The State of Generative AI in the Enterprise」によると、企業向けLLMのAPI利用シェアで、Anthropicが40%を占め、OpenAIの27%を上回ったとのこと。調査開始の2023年からの2年間で、Anthropicはシェアを3倍に伸ばし、OpenAIはシェアをほぼ半減させた結果だった。

この逆転の背景に、POVがあるとイナモト氏は分析する。

「OpenAIが『完全なAI(人間に最も近い汎用人工知能)』を追求するのに対し、Anthropicは『安全なAI(セーフティファースト)』を明確に掲げ、そのポリシーを行動により示し続けてきました。このスタンスの差が、実際のアプローチにおいて決定的な違いを生みます」

イナモト氏は、Anthropicの行動に見るPOVの本質を次のように語る。

「Anthropicは、安全性を最優先する姿勢から、政府機関によるAIの軍事利用について『これ以上の領域には技術を提供しない』という一線を明確に引いています。目の前の何百億円もの売上や大きなビジネスチャンスを失うことになったとしても、自分たちのポリシーや倫理基準を決して曲げない。こうした『絶対にやらないこと』を明確にし、行動として示す姿勢こそが、企業からの深い信頼、すなわち『信頼による差別化』につながっているのです」

「Viral」から「Vital」へ──バズは、それだけではブランドにならない

フライホイール型へ転換するための、2つ目のポイントがViral(=一瞬の注目)からVital(=一生の関係・必要不可欠)へのシフトだ。

昨今は、ショート動画から一気に火がつき、世界中に認知が広がることも珍しくない。日本語で「バズる」と呼ばれる現象であり、イナモト氏の分類では「Viral(一瞬の注目)」にあたる。イナモト氏は、バズで生み出された人気がそのままブランドにつながるとは限らないと指摘する。

「一時的な流行を完全否定するわけではありませんが、それだけでは『次に選ばれる理由』にはならず、長期的なブランドの成長につながりにくいです。重要なのは、お客さまにとって何の意味があって、どう役に立っているのか(Vital=必要不可欠)を念頭にプロダクトを磨き、メッセージを打ち出し続けることです」

必ずしもバイラル的な施策が悪いわけではない。バイタルの視点を採り入れた設計ができれば、ブランド構築にもつながる。イナモト氏が最近注目している事例に、沖縄のホテル再生がある。

「もともと映像クリエイターとして活動していた方が運営していた『ど素人ホテル再建計画』というSNSアカウントがあります。素人経営者として奮闘する過程を、TikTokをはじめとするSNS上で配信し、ホテルはやがて黒字化したそうです。

彼は、マーケティングと経営を一体化させ、赤字ホテルのネーミングからサービス内容まで、視聴者を巻き込みながらつくり直していきました。なぜそれが必要なのか、お客さまのためにどう役立つのかをオープンな場所で問い続け、Viralでありながら、同時にVital(一生の関係)をつくった素晴らしい事例だと思います」


ここまで、信頼で選ばれる企業であるために必要な、発想の転換について聞いてきた。後編では、実際にブランド設計を進めるためにおさえるべきポイントを解説いただく。

自社を表す言葉の見つけ方、強いブランドが例外なく備えている5つの要素など事例と合わせてお届けする。あわせて、イナモト氏が目指す「Make Japan Matter」(=日本を世界で必要不可欠な存在にする)への思いも伺った。

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